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新生!毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

新 君が代斉唱起立義務化は「橋下知事大阪維新の会」対「既成左翼政党・労組」問題じゃない 人権問題

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長らくお待たせいたしました。新たに書き下ろしです。



さっそくですが、政治家は愛と判断力と決断力。村山さんや鳩山さんみたいに友愛ばかりあってもいけないし、小泉さんや石原さんや橋下さんみたいに決断力ばかりあっても上手く行かないんでしょうね。


最近のみんなの党を筆頭に国家公務員を叩くのが流行りだして久しいのですが、民間より公務員の給与が高すぎると言って国家公務員の給与を下げると経団連と連合主体の春闘では、公務員の給与・賞与が下がったからと言って民間も下げる単純な罠があるでしょう。


橋下さんが大阪府の公務員と労働組合という、いまや世間の嫌われ者(失礼!)を敵に仕立てて問題を単純化して君が代斉唱時の起立義務化を押し通すのを見ると、「自民党をぶっ壊せ!」「抵抗勢力たたきつぶせ!」と郵政民営化をごり押しして、国民が大喝采して、その余波で自民党より先にタクシー業界や法曹界などなどまでぶっ壊れてしまったのを思い起こさせられます。
昔、中曽根さんも自民党では改革の能力はないんです、ダメなんですと、土光さんというメザシが好きな財界人を押し立てて臨調を作り、行政「改革」を推し進め、とうとう国鉄解体をやり遂げました。


今、国民は3度騙されて、うかうかと大事なものを手放そうとしています。
物事は単純化してわかりやすくすると小泉さんや橋下さんみたいに熱狂的な支持を受けることがありますが、ヒトラーもそうでした。


 



「ライフ・イズ・ビューティフル」より収容所に入れられた父子。この父ちゃんが、父ちゃんが・・・(号泣)。


 



ちなみに、自民党は小泉さんがぶっ壊したんじゃなくて、その弟子筋?の安倍さん達がしくじり続けて、ぶっ壊れてしまったんですよね(笑)。


公務員も公務員である前に労働者。労働者である前に一人の人間。国民の人権保障の担い手である公務員を過度にいじめて国民にいいことなど一つもありません。官僚も地方公務員も、大事にして、気持ちよく仕事をしてもらえるような政治が求められていると思います。東電に見られるようにチェックしないで保護ばかりするのも最低ですが、チェックばかりでバランスが悪い政治は最悪なんです。


 



では、前置きはこれくらいにして、宮武講師、憲法講義を始めたいと思います。
お題は「君が代斉唱義務化は思想良心の自由を侵害して、憲法違反である」。


また、ブログランキングの話ですが、総合ランキング18位の巨人。



正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現



本当の歴史と外交! 日本国民の生命と財産と自由を守る核武装!取り戻せ、拉致被害者と領土と国家の誇り!がんばれ!維新政党・新風!


この上にネのつくウの世界の巨人は、支持率、影響力はうちの100倍を超えています。むなしい(笑)。時代はヒューマニズムより核武装(爆)。


 


せめて一太刀、よろしかったらクリックよろしくお願いいたします


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本当に読んでいて飽きない労作揃いのブログですが、さすがに法律には素人でいらしてこういうことを書いておられます。
「「思想と良心の自由」の「侵害」は禁止されているが、「思想と良心の自由」の「制約」は正当だ。法律が国民に対して義務(制約)を課している場合には、それが思想・信条と異なるものであっても、国民はそれに従わなければならない。」


しかし、思想良心の自由は絶対無制約で、制約は必ず違憲。例外なし。は憲法学の常識です。


 


憲法を勉強していると最初の方で、基本的人権の保障と「公共の福祉」による制約を勉強します。基本的人権は生まれながらにして人が人たるが故に保持する権利で無制限に保障され、制約はされないのが原則ですが、人間も社会を営み他者と共存するのが前提である以上、他者の人権を侵害しない形で人権というものは存在しています。これを人権の内にある制約、『内在的制約』といいます。
公共の福祉というのは全体のために個人は我慢せよ、ということではなくて、人権と人権が衝突するときの調整の原理なんですね。たとえば、表現の自由は原則として制約されませんが、他人のプライバシーや名誉権という人権を侵害してはならないでしょう?表現の自由が保障されると言っても、もともとそれら他者の人権を侵害しない形になっているのが人権というものなんですね。だから、その形以上に制約しない限りは法律や条令で制約しても違憲ではありません。


 



喫煙権と嫌煙権が人権かは微妙ですが、とにかく調整は難しそうですが、まあ、分煙とか、調整の仕方はありますよね?



ところが、思想良心の自由は、内心領域の精神的自由権です。自分の心の中でどんな世界観や人生観、信条を持っていても、それは国家から侵害されません。ある特定の思想を押しつけられませんし、どんな思想を持っていても不利益を受けないという人権です。
心の中で何を思っていても、それが言動に出ない限り、他人の人権を侵害しないですよね?ですから、思想良心の自由は絶対無制約とされています。
もともと、宗教的対立が激しかったヨーロッパでは信仰の自由と思想良心の自由は明確に意識されずにいるようですが、日本の場合は戦前の絶対的天皇制の下、特高警察に象徴されるように徹底的な思想弾圧が行われたので、世界でも珍しい思想良心の自由規定が制定されました。


憲法第19条
思想及び良心の自由はこれを侵してはならない。


憲法学の泰斗(泰山と北斗七星をあわせたような人と言うことですね)、故芦部信喜先生はこう書いておられます)「憲法」第5版 高橋和之補訂 有斐閣)
「このような思想・良心の自由を『侵してはならない』とは、第一に、国民がいかなる国家観、世界観、人生観をもとうとも、それが内心の領域にとどまる限りは絶対的に自由であり、国家権力は内心の思想に基づいて不利益を課したり、あるいは、特定の思想を抱くことを禁止することができない、ということである。たとえ民主主義を否定する思想であっても、少なくとも内心の思想にとどまる限り処罰されない、と解すべきである。」


憲法学の常識でも、受験生でも間違っている人がいます。実は、今回、法科大学院対策講座を担当したのですが、大阪大学法科大学院では2009年に、東京都のピアノの先生が入学式に君が代の伴奏をしなかったという事件(あとの新聞記事参照)を題材に、事実をほぼそのまま出題しています。


憲法(PDF)



驚いたことに、レックから送られてきた合格者!の答案に、


「思想良心の自由といえども、外部に表現された場合には、制約を受ける」


と書いてあったのです!!
そんな新しい憲法学上の議論があるのか、と、急いで紀伊國屋にはしって片っ端から憲法の基本書を読みましたが、どこにもそんな記載はありませんでした。


(こんなレベルでも合格させなければいけないのか、とあらためて、法科大学院の先生方のご苦労が偲ばれました)


だって、思想良心の自由が外に現れたら、それは表現の自由の問題とか教育の自由の問題ですからね。


君が代斉唱の時に、起立を義務化する、起立をしないと懲戒処分にして場合によっては懲戒解雇するというのは、起立したくないという内心の思想に対する侵害になるのではないかが問題となるわけです。教職員の起立しないことで入学式や卒業式での雰囲気が悪くなったり、国歌に対する尊敬を教育しようとする目的が損なわれる可能性があっても、教職員の内心の世界観や信条を自由に持つ自由を侵害してはならないのです。


 


ここで大事なのは、第一に、この問題が本当にその教職員の譲れない思想良心の自由の問題かと言うことです。謝罪広告も無理矢理判決で謝らされるわけですが、単なる道徳心とか反省心とかならそれは絶対的に保障されるものではないと考えられているのです。


戦前の絶対的天皇制の下、外には侵略戦争を仕掛け、日本国民300万人と他国民1000万人が亡くなったと言われている。それは天皇を神格化し、大日本帝国は神の国であるという国家神道体制が可能にしたものでした。
また、内では、神社神道以外のありとあらゆる宗教を信じる人々信じない人々が迫害されました。共産主義者、社会主義者、労農主義者、自由主義者、多くの人の人権が侵害され、獄死した人も多数でました。


 



特高警察に拷問され死去した作家小林多喜二



君が代の歌詞は、「千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」というものです。
普通に読めば、天皇の御代が千代ももっともっと、小さな石が岩となって苔が生えるまでつづきますように、と読めますね。これは素直に考えれば、絶対的天皇制国家の国歌としてはふさわしいけれども、民主主義の象徴天皇制の国の国歌としてはそぐわないものでしょう。だから、「民が代」にしたらいいという折衷案もあります(笑)。



戦前の絶対性天皇制の教育が子ども達を死に追いやった、だから、個人としてそのような君が代を歌いたくない、起立したくないという世界観を強く持った人がいても不思議ではありません。また、生徒達の未来を考える教職を天職と選んだ先生達の中に、そのような君が代を国歌として盲目的に信奉するような態度を生徒達の前で示したくないという先生がいても不思議ではないのです。



この君が代斉唱時に起立しない、したくないという世界観・信条は、憲法が絶対無制約で保障する思想良心の自由の問題であると言うべきです。


 



次に問題になるのは、そうはいってもそんな考えが思想良心にまでなっている人は少数なのだから、民主主義国家では、多数決に従うべきではないかと言うことです。大阪府知事に圧倒的多数から選ばれた橋下府知事と大阪府議会議員選挙で多数を占めた維新の会が、君が代起立強制の条例を作るのであれば、それに従うべきである。公務員なら当然である。という考えです。



 


実際、大事な儀式で国歌君が代が流れ、多くの人々が立っているのに、座ったままでいる人はごく少数です。私の体験をお話ししましょう。


私は、浪速のジョーこと辰吉丈一郎選手が世界チャンピオンに返り咲く、その世界戦の会場にいました。もちろん、ジョーが大好きで、試合のあと顔を腫らしたチャンピオンの最高の笑顔を大阪城ホールの隣のホテルで拝見して、握手もした大ファンです。
どこが亀田兄弟と違うのかなあ、自分の中で・・・あのオヤジとカラオケか!(笑)



▲1997年11月22日大阪城ホールで、辰吉丈一郎は、無敗のWBC世界バンタム級チャンピオンのシリモンコン(タイ)とタイトルマッチを戦った。20歳の王者に対し、世界戦3連敗で後のない辰吉。周囲の「絶対不利」説を一蹴して、辰吉は7回TKO勝ちで3年半ぶりに頂点に返り咲いた。この試合で97年の最優秀選手にも選ばれた。
(写真は辰吉丈一郎さん提供)


そのチャンプの試合で、不意に君が代斉唱になったんです!
しまった、会場の外に出ておけば・・・と思いましたが後の祭り。私はなんとジョーを応援するために集まった場内1万人のファンが起立して君が代を大合唱する間、椅子に座っていたんです。どうよ!?
しかも、タイのチャンプの国歌斉唱の時には立つんですよ。あかんでしょ、辰吉丈一郎ファンとしても、日本国民としても(笑)。ジョーを応援する熱狂さでは人後に落ちないのにそれを態度で表せないからじれったくてね。
実際、いい席でしたから、周りは体育会系といいますか、武闘派系といいますか、パンチパーマにリーゼント、剃り込み、角刈り、まゆ毛なし系の方々が多数ですからね。勇気要るなんてもんじゃないです。今、思い出して書いていても脇に下に汗出てきました。


だから、匿名でのみ人の悪口書き散らす、ネットでだけ威勢のいい、上にネのつくウの方々とは、虚弱に見えても肝の据わり方が違うのです!?


大阪府立体育館で、大相撲。これで君が代斉唱、日の丸掲揚でも立ちません、歌いませんやからね。周りはパンチ・・・(以下、略)。



ヒューマニスト、オールドリベラリストをやるのも楽やないねん。根性いるねん(爆)。


 


ま、そんなわけで、自分の思想信条が1万人に1人の、絶対的少数派であることは重々、身にしみて承知しているわけですが、じゃあ、そんな人の人権は保障されないかというとそうではありません。
基本的人権は人間が人間であるが故に、生まれながらにして持っている権利です。国家や憲法が与えてくれたものではありません。ですから、多数決でも奪えないのです。
こういう、少数者の人権保障まで配慮する民主主義のことを立憲民主主義といいます。憲法は、多数の横暴で少数者の人権を侵害するような憲法違反の法律や条令が制定されても、それは無効であるとはっきり書いています。だから、少数者の人権を保障することを立憲主義というのですね。


具体的にその担い手は、法律条例の違憲判決を書ける裁判所です。ですから、司法権は少数者の人権擁護最後の砦といわれています。


弁護士、検事、裁判官となろうとする法科大学院生、その受験生、司法試験予備試験受験生、司法試験受験生のみなさん、あなた方、砦の守備隊員に日本の将来はかかっている!がんばれ!!



レ・ミゼラブルより パリ・コミューン


 


さて、橋下さんや石原さんが信奉している民主主義は多数決主義的民主主義といいます。
彼らも、上にネのつくウの方々も、多数の決定であれば、その内容の正しい間違いは一端置いておいて、まずはそれに従うべきであるとほぼ盲目的に信じているかのようです。
これは、個人主義じゃなくて彼らが嫌いな全体主義に近いですね。ウの方々の発想は私から見ると実は朝鮮半島の北方の国のあり方とそっくりに見えます。


 



 


しかし、民主主義は絶対のものではありません。民主主義は自由主義を達成するための政治的手段です。民主主義の本質は、国民と同質の代表者を選べば、まさか、自分たちの首を絞めるような人権侵害の法律条例を作ることはないだろうという発想です。これを「治者と被治者の自同性の原理」といいます。ほら、王族や貴族やローマ教会は庶民と同質じゃないから、国民の首を絞めすぎてしまうと言うわけです。市民から代表を選ばなければ危ない。
このように、民主主義は自由と人権を守る政治的手段です。ですから、究極的にどちらかを選ぶとなれば自由主義を犠牲にして民主主義を取ることはあり得ないのです。



どうですか、そんなに問題は複雑ではないでしょう?


思想良心の自由は絶対無制約である。
君が代斉唱起立は思想良心の自由を制約するから違憲である。
ちなみに、多数決でも少数者の人権を侵害することは許されない
よって、大阪府の君が代起立条例案は憲法違反であり、制定されても、いつの日か違憲無効判決が出ることになる。


でも、それは事後救済。それまで、人権侵害がまかり通っていいとは言えないのです。


なにか、ロースクールと平行して関西学院大学法学部で憲法を教えていたことを思い出してきました。
本、書いたろか(笑)。その前に「司法試験短期合格の作法」をなんとか(大汗)。


 


 


そして、最後に、子ども未来法律事務所から、教育の問題に一言。


 


先生が、生徒達の前で苦渋の決断を迫られる。


君が代斉唱時に立たないことで、担任のクラスを奪われるかも知れない。何度か繰り返せば懲戒解雇となるかも知れない。


そうでなくても寄らば大樹の陰の風土・文化。あの大阪城ホールの孤立感。そして、天職として選んだ仕事を奪われる脅迫。君が代斉唱時に立たないでで居られる先生はまず1万人に1人もいないでしょう。


 


多くの先生が立つ。立たない先生もいる。なぜ、いろんな先生がいるの?


そのままでいいのです。そこに疑問が生まれ、学びが始まる。


世の中にはいろんな考えの人がいて、正しい・間違いはそんなにはっきりしていなくて、たいてい、それを受け入れていいのだということがわかる。寛容を知る。


 


逆に、先生が自分と家族のことを考えて屈服させられている。


入学式で、卒業式で、生徒達がそれを見るのが教育だとは思いません。


 


 


ご静聴、ありがとうございました。


 


 



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会長声明集 Subject:2011-5-26
公立学校教職員に君が代斉唱の際に起立・斉唱を強制する大阪府条例案提出に関する会長声明


橋下徹大阪府知事が代表を務める「大阪維新の会」府議団は、本年5月25日、大阪府議会議長に対し、政令市を含む府内公立学校の入学式や卒業式などで君が代を斉唱する際、教職員に起立・斉唱を義務づける条例案を提出した。さらに、橋下府知事は、「国旗・国歌を否定するなら公務員を辞めればいい」と述べ、政令指定都市の教職員も含めて、起立・斉唱しない教職員について免職処分の基準を定める条例案を9月の府議会で審議する意向を示している。


地方自治体の首長が当該自治体の教職員に対し、免職を含む処分の制裁を公言して君が代斉唱時の起立・斉唱を求め、これを条例によって強制することはかつてない事態であり、思想・良心の自由等の基本的人権の保障に加え、教育の内容及び方法に対する公権力の介入は抑制的であるべきという憲法上の要請に違反するものとして、看過できない。


個人の内心の精神的活動は、外部に表出される行為と密接に関係しているものであり、自己の思想・良心に従って君が代斉唱時に起立を拒否する外部的行為は、当然、思想・良心の自由の保障対象となる。そして、君が代については、大日本帝国憲法下において天皇主権の象徴として用いられた歴史的経緯に照らし、現在においても君が代斉唱の際に起立すること自体が自らの思想・良心の自由に抵触し、抵抗があると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も憲法19条の思想・良心に含まれるものとして憲法上の保護を受けるものと解されるから、国や地方自治体が、教職員に対し君が代を斉唱する際に起立・斉唱を強制することは、憲法の思想・良心の自由を侵害するものと言わざるを得ない。なお、地方公務員である教職員は、「全体の奉仕者」ではあるが、そのことが、公務員の職務の性質と無関係に、一律全面的に公務員の憲法上の権利を制限する根拠となるものではないことは言うまでもない。

また、国旗・国歌法制定時には、上記の過去の歴史に配慮して、国旗・国歌の義務づけや尊重規定を設けることは適当でない旨の政府答弁が国会でなされ、同法に国旗・国家の尊重を義務づける規定が盛り込まれなかった経緯がある。こうした立法経緯に照らせば、君が代斉唱時に起立を義務づける条例は、条例制定権を「法律の範囲内」とした憲法94条に反するものである。


さらに、教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じてその個性に応じて行わなければならないという教育の本質的要請に照らし(1976年5月21日旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決)、子どもの学習権充足の見地からは、教育の具体的内容及び方法に関して、子どもの個性や成長・発達段階に応じた教師の創意や工夫が認められなければならない。したがって、子どもの学習権に対応するため、教員には、公権力によって特定の意見のみを教授することを強制されないという意味において教育の自由が保障されている。この趣旨は、教育行政の独立を明確に定めた教育基本法16条1項にも現れている。

ゆえに教員の思想・良心の自由及び教育の自由に対する強制は特に許されず、教育の内容及び方法に対する公権力の介入も抑制的でなければならない(当連合会2007年2月16日付け「公立の学校現場における『日の丸』・『君が代』の強制問題に関する意見書」、2010年3月18日付け「新しい学習指導要領の問題点に対する意見書」、2011年2月9日付け「『国旗・国歌』を強制する都教委通達を合憲とした東京高裁判決に対する会長声明」)。


当連合会は、上記観点に立って、大阪府議会に対し、提出された条例案が可決されることのないように求めるとともに、大阪府議会及び府知事に対して、府内公立学校の教育現場に介入して、教職員に対し君が代斉唱の際の起立・斉唱を含め国旗・国歌を強制することのないよう強く要請する。



2011年(平成23年)5月26日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児


 


 


 


社説 北海道新聞


君が代起立 大阪の条例化は乱暴だ(5月27日)


 地域政党「大阪維新の会」の大阪府議団が、学校の入学式などで、君が代7 件を起立して斉唱することを教職員に義務づける条例案を府議会に提出した。


 議員提案だが、実際は代表の橋下7 件徹大阪府知事が主導した。維新の会は単独過半数を占めており、近く可決される公算が大きい。


 9月議会には処分基準を示した条例案も提出するという。


 指示に従おうとしない教職員に、重い処分をてこに起立・斉唱を迫るものだ。条例化には、教育委員会を越えて、首長の指示を直接反映させる狙いもある。乱暴な提案だと言わざるを得ない。


 君が代起立条例案は「大阪都構想」を掲げ4月の地方選を戦った維新の会の公約にはない。連休明けに突然、表面化した。唐突さに府民も驚いたのではないか。


 きっかけは、この春の入学式で起立しなかった府立高教員が38人に上ったという報道だったようだ。


 「自分の職場環境でしか、ばかな主義主張を貫けない教員はとっとと辞めてもらう。これは府民の総意。起立しないなら府民への挑戦だ」


 橋下知事は記者会見などで、そう条例化の正当性を主張している。意見が異なるからといって、教員をばか呼ばわりする知事の見識を疑う。


 教職員に対する服務規律の厳格化も論拠に挙げる。公務員は一般府民とは違うのだから、思想信条の自由を盾に起立を求める職務命令に反するのは許されないとの考えだ。


 維新の会の中には異論もあるようだ。府議会では十分に議論を深めてほしい。「数の力」を頼みにした強引なやり方は避けるべきだ。


 1999年に施行された国旗国歌法の国会審議で、政府は「強制しない」ことを繰り返した。そのことを肝に銘じるべきだ。


 全国の学校で君が代の斉唱と起立が進んでいる。都道府県教委の通達などにより、校長が職務命令の形で指示する。しかし、その職務命令と、違反者の処分についての妥当性は司法の判断も割れている。


 2007年に最高裁は、音楽教諭に君が代のピアノ伴奏を求めた校長の職務命令を合憲とした。


 半面、東京高裁は今年3月、君が代7 件日の丸をめぐり懲戒処分を受けた東京都立高の教職員ら167人について「処分は裁量権を逸脱、乱用している」とし処分を取り消した。


 道内では、4月の入学式で起立しなかった小学校教諭1人が、初めての減給処分となった。


 教職員の内心の自由にかかわる大阪の条例化の動きは、行きすぎではないのか。教育現場を萎縮させ、逆に混乱を招きかねない。


 


 


 


大阪起立条例―あの一票は何だった


朝日新聞社説 2011年5月26日


 4月の地方選で躍進した地域政党・大阪維新の会が、学校行事で君が代斉唱の際、起立と斉唱を教員に義務づける条例案を開会中の府議会に提出した。


 同会代表の橋下徹知事は「起立しないのは府民への挑戦」として、違反した教員を処分する条例案も9月議会に提出するという。実名公表にも言及した。


 都道府県教委が君が代斉唱時の起立、斉唱を各校に通達し、守らない教員を処分した例はあるが、条例で義務づけているところはない。


 先の選挙で維新の会は、府と大阪市との二重行政の解消をめざす「大阪都」構想を主に訴え、府議会で過半数を得た。


 多くの有権者は、経済的に地盤沈下の著しい大阪の閉塞(へいそく)状況を打開してほしいと期待して一票を投じたはずだ。


 それなのに最初の議会で出してきた重要条例案の一つが、日の丸・君が代をめぐる公務員の服務規律に関するものだった。


 驚いた府民も少なくないだろう。選挙中にこんな条例に触れた候補者はほとんどいないし、同会のマニフェストには何も書いていないのだから。


 数で押し切れば可決される。それでも他の会派は条例案を吟味し、議論を深めてほしい。


 第2会派の公明党は「府教委が現場で丁寧に指導すべきこと」と、条例化に反対の姿勢だ。平和・人権を党是に掲げてきた真価を見せてもらいたい。


 公明党は維新の会が過半数をとれなかった大阪市議会でも第2会派であり、大阪都構想推進へのかぎを握っているのだ。


 知事は「公務員なら君が代に敬意を払え」「子どもたちの晴れ舞台は厳粛なムードで」「身分保障に甘えるな」とツイッターに書き、違反を繰り返す教員を免職すべきだと主張する。


 日の丸や君が代について、私たちは「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」という憲法第19条に照らし、強制すべき性質のものではないと繰り返し主張してきた。


 1999年に国旗・国歌法が成立した時の野中広務官房長官は「強制的ではなく、自然に哲学的にはぐくまれていく努力が必要」との考えを示した。


 条例を盾に起立、斉唱させるなら、強制以外のなにものでもないし、立法の精神を無視しているともいえる。


 式典を厳粛に運ぶことに異議はない。進行を妨げる行為は批判されよう。しかし、条例と処分による厳粛は、教育の場に何をもたらすのか。


 殺伐とした空気のしわ寄せを受けるのは子どもたちである。


 


 


 


ツイッターに「これが民主主義だ」 橋下知事、国歌起立条例で攻勢へ



大阪府議会5月定例会に出席した橋下徹知事(前列左)=19日午後1時、大阪府庁(沢野貴信撮影)

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大阪府議会5月定例会に出席した橋下徹知事(前列左)=19日午後1時、大阪府庁(沢野貴信撮影)




 19日開会の大阪府議会。橋下徹知事が率いる地域政党「大阪維新の会」は、府内の公立学校の教員に対し、式典での国歌斉唱時の起立を義務づける条例案を提出する方針だ。過半数を占める維新が提案すれば、可決は確実。


 教職員組合などは「公教育への介入、教職員への思想統制」と反発を強めるが、橋下知事は「公務員が国歌斉唱時に起立するのは当たり前」と、議員提案で一気に可決に持ち込む構えだ。


 


政令市含めた戦略


 


 「これは君が代問題ではない。教員は職務命令を無視できるのか?の問題」。19日午前3時すぎ、橋下知事は自身の簡易ブログ「Twitter(ツイッター)」にこう書き込んだ。この日午前、橋下知事と意見交換した府教委幹部は、府教委から全教職員に、起立を求める職務命令を出す方針を示した。


 国歌斉唱時の起立義務化の対象は、大阪市などの政令市を含む府内全ての公立小中高校など、計1701校の教員計約5万5500人となる見込み。条例では府施設での国旗の常時掲揚も義務付ける。


 橋下知事は、この条例とは別に、職務命令に繰り返し違反した場合、懲戒免職も含めた処分基準を定めた条例を9月府議会に提案する方針で、違反者の実名や所属校の公表も検討する。



 


 


 



「(起立義務化の)条例を作らなければならないこと自体が恥ずかしい」と述べる橋下知事が、条例化を決めた直接のきっかけは、維新が府議選で過半数を獲得した後の今月6日、不起立を理由に府立高校の教職員2人を府教委が戒告処分したことだったという。


 入学・卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱は平成元年の学習指導要領で義務づけられ、11年には国旗は日章旗、国歌は君が代とする国旗国歌法が施行された。府教委は14年に府立学校の教員に国歌斉唱時に起立するよう文書で指示。これを根拠に不起立教員について懲戒処分を行ってきたが最も軽い戒告に止めてきた。


 不起立の教員は減少傾向にあるというが、22年度の府立高校の卒業式で39校84人、23年度入学式で27校38人が起立しなかった。


 橋下知事は「指示から9年経っても従わない教職員がいる。マネジメントができていない」と指摘。「起立は府民感覚として当たり前。国旗、国歌を否定するなら公務員を辞めればいい」と述べる。


 さらに条例の対象に政令市の教員を含めることに、大阪都構想への布石との意味合いをにじませる。


 教員の人事や予算の権限を巡り、国や都道府県、政令市、市町村の役割や責任分担が複雑に入り組む現行の教育委員会制度を批判し「小中学校も条例の対象にし、政令市も含めることで責任が明確になる」と述べた。


 19日未明の自身のツイッターには「これが民主主義だ。大阪維新の会は大阪都構想を実現するために、1年半かけてカネも労力もかけて選挙を戦った。そして一定の民意を得て、今物事を進めようとしている」と書き込んだ。



 

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