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新生!毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

歩いていこう 人生は結果じゃない 過程だ  子ども未来法律事務所通信15

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僕は海や川で何度か溺れて死にそうになったことがある。


最も危なかったのは20代半ば。司法試験の受験生仲間で伊豆に合宿に行ったときのことだ。


勉強会の合間に、皆で散歩に出かけた。織り悪く台風が来ていて、波が高く、とても泳げるような状態じゃなかった。


せっかく泳げると思ったのにそれが残念で、イチビリ(関西弁でおちゃらけ者の意)である僕は、仲間から離れて突然走り出し、海に突き出ているはしけに出てしまった。


驚き、呆れている先輩や同級生達に向かって、子どものように飛び跳ねて手を振っていると、高波が来てあっという間に海に放り出されてしまった。


前後左右、どちらが上か下かもわからない。


もがいても浮かび上がれない。


これは本当に大変なことになったと思ったが、やがて、やみくもにもがいても仕方がないと思ってやがて力を抜いたら、身体は自然と海面に浮上した。


海面に顔が出たはいいが、もちろん足は立たず、はしけはとてもよじ登れるような高さではないし、海岸までもずいぶん遠かった。


岸に向かって泳ぎだしたが、ちっとも近づいている気がしなかった。


と、その時。


「徳岡、いくぞ!」という声がした。


はしけまで、一人の先輩が走ってくれて、どこから見つけてくれたのか、救命用の浮き輪を投げてくれたのだ。


それに掴まって、僕は助かった。


 


今から考えると、高波が押し寄せる中、先輩だってはしけの先まで走ってきてくれるのは危なかったのだ。


まさに、命の恩人だった。


その先輩はあだ名を「ダサク」さんと言った。結構要領の悪いところがあって、『駄作』転じてダサク。小器用な僕も普段、ダサク先輩を侮っているようなところがあった。


 


一年後、ダサク先輩と僕は一緒に司法試験に合格し、司法研修所では同期になった。


ダサク先輩は一生懸命勉強したようで、念願の刑事裁判官になることができた。東京地裁に配属されると、捜査機関からの令状請求にも果敢に却下決定を出すような、正義漢の強い素晴らしい裁判官になられた。


もう、駄作どころか、名裁判官への道を歩み出したのだ。


 


しかし、一年後、彼はこの世を旅立った。


悪性リンパ腫があっという間に進行してしまったのだ。新婚一年目だった。


僕は鹿児島のご実家で行われたお通夜に行き、きれいな奥様と先輩のご両親に相手して頂きながら、内心、一晩中、この世の不公平を呪った。


僕の命を救ってくれた先輩が31歳で夭逝したのだから。


普通、人は志半ばでこの世を去った、というのではないだろうか。


 


 


先月半ば、僕は父を亡くした。


ガン手術後、闘病生活一年余り。


しかし、父の命を奪ったのは、別に持病があった心臓だった。湯船につかっているときに不整脈が起きてしまったのだ。


ガンと闘うために、免疫力を高めようと足湯器具を買うなど、必死に努力していた父。しかし、心臓のことは、父にも、僕を含めた家族にも油断があった。


実は、来月、父母と妹夫婦が同居するはずだった新居が完成する。それまで、あともうちょっと、というところだった。


それを考え始めると、まさに、胸が張り裂けそうになる。


 


 


人は本当にすごいと思う。


どんな人でも、肉親の死を体験しない人はいない。


こんな悲しみを、どの人もなんとか受け止め、今日も明日も生きていくのだ。


それが普通の人の営みだ。人間とはなんと気高く強い生き物だろうか。


 


1995年に起きた阪神大震災では6000人余りの方がなくなった。あと1週間で17年になる。


去年起きた東日本大震災で亡くなった方は1万数千人。行方不明の方も数千人。3月で丸一年だ。


たった一人の先輩の死や父の死が受け止めきれない僕には、その数万の死と、遺された数十万、数百万という、とほうもない哀しみを想像することは不可能だ。


しかも、自らの属するコミュニティーごと喪う震災は、単なる「死の足し算」ではない。


 


若くして亡くなった先輩にしても、うちの父にしても、人の死であるからには本当に悲しいけれども、二人とも病院や自宅で亡くなった、「平時の死」である。


それが、津波に巻き込まれて亡くなったらどうだろう。建物の下敷きになったり、火に包まれて亡くなったらどうだろうか。


その人の苦しみ。遺された方々の哀しみはいかばかりか。


 


 


海で溺れるのがあれほど恐ろしいのだから、津波にのみ込まれて亡くなるのは、たまらないだろうと思う。


 


 


しかし、僕は思うのだ、人生は結果ではなく、過程こそ大事なのだと。


どの人も、良く生きて、良く死んだ。


精一杯生きたことに意味がある。結果までの過程が人生そのものじゃないか。


その死が、遺された者には到底納得できないような有様に思えても、いや、ご本人だって無念だったろうけれども、死という結果ではなく、その死の瞬間まで懸命に生きたことが大切なのだと思う。


 


今生きている僕たちは、自分の命を大事にするのが、亡くなった人々への手向けだと思う。


がんばらなくていい。


人は誰しも、いつでも、むしろ頑張りすぎている。


自分らしく。自分のなりたいものになろうとすること。自分の本当にしたいことを見出していくことだと思う。


お互いの価値と尊厳を認め合い、互いに慈しみあい、敬愛の念を持ちあい、大事にしあうことだと思う。


もちろん、なんでもあきらめて受け入れようというのではない。


被災者に対する棄民や、この上まだ原発を推進するような、人でなしの行為とは闘っていくべきだ。それは、自分と子どもたちの命を守ることだから。


それは亡くなった方々も望んでおられることだと思う。


我々も良く生きよう。いつか、良く死ぬ、その日まで。


歩いて行こう。


 




平井堅 「アイシテル」




 


いきものがかり 「歩いていこう」







 


 


 


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