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ワイツゼッカー「過去に目閉ざす者は現在に対しても盲目に」安倍「植民地支配侵略を反省もお詫びもしない」

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荒れ野の40年―ウァイツゼッカー大統領演説全文 1985年5月8日 (岩波ブックレット) 単行本 – 1986/2/20


カスタマーレビューより


「一時間程度で読める本だが、非常に内容が濃密で高尚な精神性にあふれる演説である。真摯に自国の忌まわしい過去と向き合い、それを公に告白し、そしてそれを糧に将来を切り拓いていく。無念の死を遂げた戦没者に贈る最高の鎮魂曲でもあれば、これからの世代に対する、平和と正義の実現への切実な訴えでもある。」


 


 


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 2015年1月31日、戦前のドイツが犯した罪を直視するよう国民に呼びかけ、日本の戦争責任を巡る議論などにも影響を与えた、ドイツのリヒャルト・フォン・ワイツゼッカー元大統領が亡くなりました。94歳だったそうです。


 ワイツゼッカー元大統領は西ベルリン市長などを経て、1984年当時の西ドイツの大統領に就任しました。その翌年の1985年5月、第2次世界大戦終結から40年の演説で、彼は


「過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目になる。過去の罪を心に刻まなければ和解の道はない」


という歴史に残る言葉で語り、戦前のドイツが犯したホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)など過去の罪を直視し、被害を与えた国や世界との和解を進めるよう国民に呼びかけました。


 また、同時に


「我々は若かろうが年をとっていようが、みな過去を受け入れなければならない」


とも述べ、ナチス・ドイツへの関与の有無にかかわらず、国民一人ひとりが当時の非人間的行為に目を向けなければ、過ちが繰り返されるというメッセージをドイツと世界に発信しました。この演説は二十数カ国語に翻訳されたのです。


 この演説の5カ月後、当時の西ドイツ大統領として初めてイスラエルを訪問しました。ナチスによるホロコーストをめぐり、イスラエル国民の間でドイツに対するわだかまりが強かった時代でした。そこでも、ドイツ人の歴史的責任を強調し、イスラエル側はこれを「歴史的な出来事」と評価しました。


 さらに、ワイツゼッカー氏は1990年、東西統一を果たしたドイツの初めての大統領に就任し、4年間にわたる在任中、統一直後の混乱に直面する国民に融和を呼びかけ、「ドイツの良心」を代表する存在として国内外から尊敬を集めたのでした。



 


 


 この1985年のワイツゼッカー演説は、、ドイツと同じように歴史問題を抱える日本の戦争責任を巡る議論に大きな影響を与えました。


 ワイツゼッカー演説から10年後の1995年8月15日に、当時の村山富市首相が戦後50年談話として朝鮮・台湾の植民地支配と中国侵略などアジア太平洋戦争の歴史について


「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」


として、

「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ち」

を表明しています。


 また、そのさらに10年後の戦後60年にあたる2005年には、当時の小泉純一郎首相も

「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」

の文言を盛り込んだ村山談話を踏襲した談話を発表しました。







 しかし、日本では内閣総理大臣が10年ごとに反省の弁を述べるものの、その間に閣僚や国会議員などがそれこそひっきりなしに戦前の日本を美化し、旧日本軍の侵略行為や残虐行為を過小評価したり、なかったことにしようとする発言を繰り返して、せっかくの首相談話を台無しにしました。


 日本で政治的に責任のある立場にある彼らの、歴史を修正してしまう言動は、日本の植民地支配と侵略によって被害を受けたアジア太平洋地域の被害者と遺族の方々をいわばセカンドレイプする(二次被害を与える)行為であり、日本への世界からの信頼を著しく損なうものでした。


 そして、今年アジア太平洋戦争から70年を迎えるにあたって、安倍首相は2015年8月15日に70周年記念談話を発表するとしています。


 ところが、彼は


「今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍政権としてどう考えているのかとの観点で出したい

「今までのスタイルをそのまま下敷きとして書くことになれば、今まで使った言葉を使わなかった、あるいは新しい言葉が入ったという細々とした議論にならないよう、70年談話は70年談話として新たに出したい」


と言いだし、


「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」

などのキーワードを使わないと明言したのです。


戦後70年談話で植民地支配と侵略を反省するとさえ言わない安倍首相の方針は歴史修正主義だ


 


 


 


 日本の内閣総理大臣が、戦前の日本の過去の行為を反省もしなければ、当然謝罪もしないという、そんな談話なら出さない方がよほどましです。


 ワイツゼッカー元大統領は


「私たちは、この日に向き合う必要がある。自分たちの基準を自ら見つけなければならない。美化し一方的になるのではなく、事実をありのままに見る必要がある。この日は人々の苦難を思い出す日であり、正直に向き合うほど私たちはより解放され、その結果に責任を持つようになる。」


と演説しました。


 事実をありのままに見て正直に向き合うほど、私たちは過去の罪からより解放されるのです。


 しかし、安倍首相のような人を総理に頂いていたら、日本国民もアジアの諸外国民のかえって過去に縛られ、囚われ、自由になれないのです。



 


 



 ワイツゼッカー氏は前述した村山談話が発表された1995年夏に来日されました。その中で彼は、




「過去を否定する人は、過去を繰り返す危険を冒している」


「明暗双方を持つ過去のすべてを受け止め、責任をもって担うことこそ一つの国民を真の国民にすること」




と語りました。




 また、ドイツが直面する課題はポーランドとの関係改善だとした上で


「『和解』や『許し』の言葉は被害者の立場から出てくることが大切だ」


とおっしゃいました。


 加害国なのに、過去はもう終わった、未来志向で行こうと言いだす誰かさんたちへの強烈な皮肉になっていると思いませんか。


 


 


 


 だからもし、安倍氏ではなく、そんなワイツゼッカー氏が日本の首相なら、今年こういう談話を発表したことでしょう。



「日本人だから罪を着せられるわけではないが、先人は重い遺産を残した。私たち全員が過去に対する責任を負わされている。それは過去を乗り越える ことではないし、過去は変えられない。過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる。非人間的な行いを記憶しない者は、また非人間的な考えに汚染される 恐れがある。和解は記憶なしではあり得ないことを理解すべきだ。


 若者は当時のことに責任はない。だが歴史から生み出されるものに責任はある。私たちは過去の人間よりましなのではなく、常に危険にさらされている。だが私たちはそれを乗り越える力がある。若者に呼びかける。憎しみや敵意に陥らず、共生することを学び、自由を尊び、平和のために努力しよう。」



 


リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー元大統領


 第二次世界大戦終結から40周年の1985年5月8日、連邦議会の演説で「過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる」と、歴史を直視する重要性を説き、国内外に大きな反響を呼んだ。


 1920年、独南部シュツットガルト生まれ。ゲッティンゲン大学などで法学や歴史学を専攻。39年9月のポーランド侵攻に従軍し、同じ連隊にいた兄を失った。


 戦後、化学会社経営、キリスト教団体幹部などを経て69年にキリスト教民主同盟の連邦議会議員に初当選。その後、81年に西ベルリン市長、84年に西独大統領。東欧諸国との和解や東西ドイツ統一に貢献し、90〜94年に統一ドイツの初代大統領を務めた。


 2009年1月、シュミット元西独首相らと共に、オバマ米大統領の「核兵器のない世界」に賛同する共同論文を独紙に執筆するなど、大統領退任後も精力的に活動した。


 


 


こんな首相を選んでしまったわが身の不幸を嘆くより、今できることをして、私たちの力で戦後70年にふさわしい談話を出させましょう。


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毎日新聞 2015年02月01日 東京朝刊



 ワイツゼッカー元大統領が1985年5月8日、ドイツの終戦40年の記念日に行った演説の要旨は次の通り。


 私たちは、この日に向き合う必要がある。自分たちの基準を自ら見つけなければならない。美化し一方的になるのではなく、事実をありのままに見る必要がある。この日は人々の苦難を思い出す日であり、正直に向き合うほど私たちはより解放され、その結果に責任を持つようになる。


 この日はドイツにとってお祝いの日ではない。多くのドイツ人は祖国のため戦うのをよしとした。だがそれは犯罪的な政権の非人間的な目的に寄与するものだった。この日はドイツの間違った歴史の終わりの日だ。


 この日は記憶の日でもある。記憶とはそれが自分の内部の一部となるように正直に、純粋に思い出すことだ。私たちは独裁政権によって殺されたすべての人、特に強制収容所で殺された600万人のユダヤ人を記憶する。


 命を失ったドイツ国民や兵士、祖国を追われたドイツ人を記憶する。ロマ民族や同性愛者、宗教・政治上の理由で殺された人を記憶する。死者の苦しみや、傷つき、強制的に断種され、逃走し、空襲の夜を過ごした苦しみを記憶する。


 どの国も戦争や暴力に罪深い間違いを犯した歴史から自由になれない。罪は少数の者に主導されたが、ドイツ人一人一人はユダヤ人の苦難に共感できた はずだ。良心を曲げ、現実を見ず、沈黙していた。全国民が有罪か無罪かということではない。罪は集団的ではなく個人的なものだ。


 ドイツ人だから罪を着せられるわけではないが、先人は重い遺産を残した。私たち全員が過去に対する責任を負わされている。それは過去を乗り越える ことではないし、過去は変えられない。過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる。非人間的な行いを記憶しない者は、また(非人間的な考えに)汚染される 恐れがある。和解は記憶なしではあり得ないことを理解すべきだ。


 若者は当時のことに責任はない。だが歴史から生み出されるものに責任はある。私たちは過去の人間よりましなのではなく、常に危険にさらされてい る。だが私たちはそれを乗り越える力がある。若者に呼びかける。憎しみや敵意に陥らず、共生することを学び、自由を尊び、平和のために努力しよう。


 





 「ホロコースト(ユダヤ人らの大虐殺)があったことを知りながら、沈黙してきた人たちは、自分が大戦中にそれとどう関わり合っていたかを静かに自問してほしい」




 ナチスの犯罪であれ、ドイツ国民はその歴史をタブー視せずに、直視することが必要だと説いたワイツゼッカー元ドイツ大統領。




 一九九五年夏、ドイツと日本の戦後五十年を考える本紙の記念講演に招かれ来日し、国内各地を訪ねた。




 「過去を否定する人は、過去を繰り返す危険を冒している」「明暗双方を持つ過去のすべてを受け止め、責任をもって担うことこそ一つの国民を(真の)国民にすること」




 歴史の節目で、何度も聞く者に深い感銘を与えてきた演説は、日本でも、よどみなく、簡潔、明瞭な言葉で、戦争責任から目をそらさない信念を語りかけた。




 日本と周辺諸国との関係については「アジア諸国と協力を進めたが、決定的な変化が起きていない」と述べた。歴史問題を超え、近隣諸国との和解に向けた努力を促す言葉だったと言える。ドイツが直面する課題はポーランドとの関係改善だとした上で「『和解』や『許し』の言葉は被害者の立場から出てくることが大切」とした。十六年後の二〇一一年、そのポーランドの有力紙「選挙新聞」は、「政治家の模範」と敬意を込めて、同氏を「今年の人」に選んだ。




 独テレビは一〇年、同氏の九十歳の誕生日を前に「退任後まで、国内外でこれほど信頼されるドイツの大統領は後にも先にも同氏だけ」と紹介。その秘密を「出身政党さえ絶望させるほど、批判をはばからない物言いのスタイル」だと指摘した。爵号を持ち、父は外交官、兄は物理学者で自身も英仏の大学で留学経験があるアカデミックな環境で育ちながらも、ユーモアあふれる言葉や素朴で気さくな人柄で国民から慕われた。




 一一年末にベルリンの日本大使公邸で開かれたレセプションに出席。九十一歳とは思えぬ力強さで「日本が大震災から立ち直り、その活力を世界にお手本として示してほしい」と話した。また、九五年に広島を訪問した際に、核兵器の衝撃と悲惨さを実感したとも語り、晩年に取り組んでいた核廃絶への強い思いをにじませるなど、最期まで啓発者として言葉を発し続けた生涯だった。(弓削雅人=前ベルリン支局長)


 




戦後70年談話:首相「侵略」文言なぞらず 「未来志向で」

 安倍晋三首相は25日のNHK番組で、8月にも発表する「戦後70年談話」について「今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍内閣としてどう考えているかという観点から談話を出したい」と述べた。過去の植民地支配と侵略を謝罪した戦後50年の村山富市首相談話などの文言は、そのままでは使わない考えを示した形で、公明党や野党からは懸念や批判の声が上がった。

 首相は「村山談話、戦後60年の小泉純一郎首相の談話を全体として受け継いでいく」と改めて表明した。そのうえで「今までのスタイルをそのまま下敷きとして書くことになれば、今まで使った言葉を使わなかった、あるいは新しい言葉が入ったという細々(こまごま)とした議論にならないよう、70年談話は70年談話として新たに出したい」と説明。「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫(わ)び」などのキーワードを同じように使うか問われると、「そういうことではない」と明言した。

 首相は同時に、「先の大戦に対する痛切な反省と同時に、戦後70年、自由と民主主義を守り、アジア、世界の発展に大きな貢献をしてきた。日本の未来に対する意志をしっかりと書き込みたい」とも強調した。

 村山、小泉の両談話とも、日本の「植民地支配と侵略」で、「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛」を与えた「歴史の事実を謙虚に受け止め」、「痛切な反省」と「心からのお詫びの気持ち」を示した。

 首相発言に対し、公明党の山口那津男代表は同じ番組で、「キーワードは極めて大きな意味を持っている。それを尊重して意味が伝わるものにしなければならない」と語り、表現の変更に慎重な姿勢を示した。

 民主党の岡田克也代表は「植民地支配や侵略を『細々としたこと』と言った首相の発言は許せない。過去を認め、戦後70年日本がやったことを伝え、未来志向と、この三つがそろわなければならない。過去の反省が飛んでは、戦後70年の歩みを否定することになりかねない」と批判した。

 維新の党の江田憲司代表も「キーワードを継承せずに変えると誤ったメッセージを与えることになる」と指摘。共産党の志位和夫委員長は「文言にこだわらないというのは、核心的な部分をあいまいにし、後退させるつもりの発言だ。非常に重大だ」と反発した。【高本耕太、村尾哲】

 ◇中韓の反発必至

 70年談話からキーワードがなくなれば、中韓両国が反発するのは必至だ。中国国営新華社通信は25日、「(安倍首相の)こうした態度表明には日本の主要政党党首から批判と疑問が出ている」などと伝え、警戒感を示した。

 中国政府は「戦後70年談話」が安倍政権の歴史認識を如実に示すことになると見ており、村山談話にある「植民地支配」「侵略」「深い反省」などの表現が改められたり、言及されない事態を懸念している。

 中国側は、安倍首相が靖国神社を参拝しない立場を示すことを求めてきたが、安倍首相は明言しておらず、歴史認識に対する不信感は残ったままだ。日中外交筋は「中国は侵略などの文言が談話に入るかどうかに注目している。そこがあいまいになれば、安倍首相には『歴史修正』の意図があるのではないかと思われる」と語る。

 米国は、首相が年頭記者会見で「過去の反省」に談話で言及する考えを示したことから、「歴史問題での前向きなメッセージ」(国務省のサキ報道官)として歓迎する意向を示した。ただ、こうした文言が談話から消えれば、日本と中韓両国の関係改善を促している米国も、態度を硬化させる可能性がある。【北京・工藤哲、仙石恭】

2015年01月26日 00時00分 毎日新聞


 


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