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新生!毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

澤藤統一郎先生の「万国のブロガー団結せよ」に呼応する。皆さん、一緒にブログを始めましょう!

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 私が敬愛してやまない、日本を代表する弁護士の一人である澤藤統一郎弁護士が、昨年末、なんと1000日連続ブログ更新を達成されました。


 できないよ、普通。ほんと拍手!!!


 そして、それを記念して先生が書かれたのが、


「万国のブロガー団結せよ」再論−「DHCスラップ訴訟」を許さない・第65弾


 その記事の冒頭に、ブロガー団結宣言(新バージョン)が掲載されていますので、引用しますね。


「すべてのブロガーは、事実に関する情報の発信ならびに各自の思想・信条・意見・論評・パロディの表明に関して、権力や社会的圧力によって制約されることのない、憲法に由来する表現の自由を有する。


ブロガーは、権力・経済力・権威を有しない市井の個人の名誉やプラバシーには慎重な配慮を惜しまないが、権力や経済的強者あるいは社会的権威に対する批判においていささかも躊躇することはない。


政治的・経済的な強者、社会的に高い地位にある者、文化的に権威あるとされている者は、ブロガーからの批判を甘受しなければならない。


無数のブロガーの表現の自由が完全に実現するそのときにこそ、民主主義革命は成就する。万国のブロガー万歳。万国のブロガー団結せよ」



 


 これまで、日本国憲法第21条が表現の自由を保障しているといっても、情報・思想の流通という面でいうと、私たち一般市民は情報の送り手になれることはめったになく、マスコミが情報の送り手で、私たちはせいぜい情報の受け手でしかありませんでした。


 だから、表現の自由の中でも、報道機関の「報道の自由」と、一般国民の「知る権利」が強調されてきたわけです。


 しかし、いまや、フェイスブックやツイッターでアラブの春と言われる政権転覆まで起きる時代。全体主義国家の中国ではツイッターなんか認めていませんし、グーグルも制限されていますし、北朝鮮なんてネット自体がほとんどつながりません。


 それほど、ネットには国を動かす大きな力があるのです。



 


 そして、ブログ!


 駅前で街頭演説して100人の方にお話を聞いてもらおうと思ったらえらい苦労ですが、ブログなら簡単にもっとたくさんの人にお話を聞いてもらえ、しかも内容が後に残ります。


 そして、安価です!私なんてケーブル回線に3000円とgooに500円、あわせて3500円でこんなに毎日楽しんでいます。


 まさに、澤藤先生がおっしゃるように、ブログは貧者の武器なのです。だって、チラシとか何万枚も新聞の折り込みチラシに入れようと持ったらものすごいお金がかかるでしょう?それが毎日毎日書いても月3500円、1日100円ちょっとですからね。



 


 そして、うちのブログを読んでくださっている皆様、また常連でコメントを下さっている皆様に強く、強く訴えたいのです。


 皆様もブログをはじめませんか?


 なに、簡単なのでいいんです。


 私の第一回のブログなんて、表題が「ブログも始めました」(2008年7月)で、本文が


 「ホームページの更新を新たに始めるんですから、ブログも心機一転してみることにします。

 自分もみなさんも楽しめるようなものにしたいな!」


ってこれだけですよ。


 ちなみに、二つ目の記事が「バーベキューパーティ」です。こんなんでいいんですよ。そのうち調子が出てきたら、好きな分野のことや社会評論でも何でも書いたらいいと思います。



私なんて今7年かかってやっとエキスパートかセミプロになれましたが、ビギナーから脱ビギナーになるのに3年かかってますからね(笑)。


焦っちゃダメです。アクセス数より、大事なのは自分の思いを伝えること。


 


 


 澤藤先生曰く。


「無数のブロガーの表現の自由が完全に実現するそのときにこそ、民主主義革命は成就する。万国のブロガー万歳。万国のブロガー団結せよ」


 この澤藤先生の高らかな呼びかけに乗ってみませんか?


 私の使っているgooブログなら手に取るように使い方がわかっているので、何でも質問してくれたら手伝いますよ!


 もちろん、gooでなくてもサーバーはお好きなところのでいいと思います。ちゅうか、たいてい今ネットでお使いのサーバーが無料でブログをできるようにサービスしてくれてるでしょ?後々のことを考えるとメジャー系がいいとは思いますが。


 それでですね、みんなで寄ってたかって、お互いにリンクしあって、コメントしあって、巨大右翼掲示板に対抗しませんか。彼らに一泡吹かせてやりましょうよ!



 


 そうなったら、もう、わたくし、全面的にバックアップしちゃいますよ!記事もどんどん紹介します。


 常連コメンテーターさんなんて私の記事より長くて専門的なコメントを書く方もざらじゃないですか。あれ、質量ともに、コメントのままにしておくのはもったいないですよ。


 また、コメントを今まであまり書いていなかった方も、ぜひ、ご自身の好きなテーマでブログを始めてくださいな。


「IT技術の革新により、ブログというツールの入手が万人に可能となって、ようやく主権者一人ひとりが、個人として実質的に表現の自由の主体となろうとしているのだ。憲法21条を真に個人の人権と構想することが可能となってきた。」


 いろいろ、大丈夫かな、続くかな、とためらいはあるでしょうが、飽きたらやめたらいいんです。まずやってみることが大事。


 ぜひ、私と一緒にリベラルブログコミューンを作ってみませんか?



 


う〜んとね!もう、大盤振る舞いだ!


もし、皆さんがブログ始めてくれたら、6月初旬にエブリワンブログのオフ会をやることを公約します!!


(オフ会というのは、ネット上の知り合いがリアルでワイワイ会うことだそうです)


7月の参議院選挙(ひょっとしたら衆参ダブル選挙)に向けて気勢を上げましょう!


うちの読者層は年齢層がそれほど低くないので(でも中学高校生もいらっしゃいますよ)、上の写真みたいにはならないけど、せめて



 


これくらい集まったら凄くないですか?


できたらみんながgooブログにしてくれたら面白いけど、アメーバとかFC2とかライブドアとかYahoo!なんかのメジャー系でも全然オーケーです。


では、皆さんのブログ開始のお知らせ、待ってます!すでに実はやってるんだというご報告も大歓迎!!


コメント欄か、メッセージか、メール(raymiyatakeあっとまーくyahoo.co.jp)でお知らせ頂戴ね!




ところで、1月28日午後3時 東京高裁822号法廷で澤藤先生が不当提訴をされているDHCスラップ訴訟の判決があります。


ブロガーの表現の自由が真っ向から脅かされている裁判です。こちらもぜひ傍聴に来てください。出入り自由です。


DHCスラップ訴訟、被控訴人意見陳述。表現の自由の最高の価値と、それを脅かす金と力の裁判の罪。


澤藤統一郎弁護士に対するDHCスラップ訴訟、12・24東京高裁第1回口頭弁論の法廷傍聴へのお誘い!


立憲主義を高く掲げる市民たちが、来年の衆参ダブル選挙で勝利するためには。






ご本人たちのご承諾を全く得ていませんが、もし、オフ会に人が集まるようなら、


澤藤統一郎先生と森川文人ラディカル弁護士をゲストに呼びます!


だからブログ、始めてよね!最初はだれだってためらうものです。書き始めたら大丈夫!


よろしかったら大変お手数とは存じますが、上下ともクリックしてくださると大変うれしいです!


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前夜[増補改訂版]
梓澤 和幸 (著), 岩上 安身 (著), 澤藤 統一郎 (著)
現代書館

安保法案の成立を受け、56頁、約50項目の注釈を追加! (定価は据え置き) 

自民党改憲案と現行憲法を、その前文から補則まで徹底的に比較・解説し、そして熱く熱く語り尽くす。権力を縛るはずの憲法を、逆に縛りから権力を解放する方向へ書き改めようとする自民党のトンデモ改憲案は許さない! 安倍首相が目指す「緊急事態条項」。危機を口実に無制限の権力を握った指導者は、原発を抱えて亡国の戦争へと向かうのか!? 安保法案、TPP参加、特定秘密保護法、原発再稼働等と「憲法改悪」「米国の命令」との密接な関わりを約300項目に及ぶ注釈を付け、本気で伝えます!

















岩手靖国違憲訴訟 (新日本新書)
澤藤 統一郎 (著)
新日本出版社

岩手靖国訴訟の経過と争点となった理念の解説を、まとめたもの。地方にあって徒手空拳で悪戦苦闘している弁護士の喜怒哀楽や、民主主義擁護のために共同して働く若手弁護士のひたむきな姿を伝える。


 















「日の丸・君が代」を強制してはならない―都教委通達違憲判決の意義 (岩波ブックレット)
澤藤統一郎 著
岩波書店

2006年9月、東京都教育委員会による教職員への「日の丸・君が代」強制を違憲とする東京地裁の判決が言い渡された。その判決文を読み、意義を考える。提訴の理由や原告401人にとっての「日の丸・君が代」の意味も語る。






「万国のブロガー団結せよ」再論−「DHCスラップ訴訟」を許さない・第65弾


当面の目標だった「1000日連続更新」を達成して、今日が連続1001回目の「憲法日記」。次は、「石の上にも3年」「ブログも3年続けば一人前」が目前。そして、「4年」と「5年」の節目を経た先に連続更新2000回の目標がある。その頃、どのような憲法状況になっているかよくは見えないが、憲法日記を書き続けてみよう。権力や権威に厳しい批判の姿勢を崩すことなく、誰におもねることもなく。


本日のブログは、2014年7月14日に掲載した「万国のブロガー団結せよ」(『DHCスラップ訴訟』を許さない・第2弾)の再論である。当時のものを読み直してみると、自分のものながらなかなか面白いと思う反面、行き届かない言い回しも目につく。もう一度、修正版を掲載して当時からの読者にも新たな読者にも、目をお通しいただきたいと思う。


まずは、ブロガー団結宣言(新バージョン)である。
「すべてのブロガーは、事実に関する情報の発信ならびに各自の思想・信条・意見・論評・パロディの表明に関して、権力や社会的圧力によって制約されることのない、憲法に由来する表現の自由を有する。
ブロガーは、権力・経済力・権威を有しない市井の個人の名誉やプラバシーには慎重な配慮を惜しまないが、権力や経済的強者あるいは社会的権威に対する批判においていささかも躊躇することはない。政治的・経済的な強者、社会的に高い地位にある者、文化的に権威あるとされている者は、ブロガーからの批判を甘受しなければならない。
無数のブロガーの表現の自由が完全に実現するそのときにこそ、民主主義革命は成就する。万国のブロガー万歳。万国のブロガー団結せよ」

日本国憲法21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定める。日本国憲法に限らず、いかなる近代憲法も、その人権カタログの中心に「表現の自由」が位置を占めている。社会における「表現の自由」実現の如何こそが、その社会の人権と民主主義の到達度を示している。文明度のバロメータと言っても過言でない。


なにゆえ表現の自由がかくも重要で不可欠なのか。佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)」が、次のとおりにみごとな要約をしている。


「思想は、自らの要求として、外部に表現され、伝達されることを欲する。人は思想の交流によって人格を形成することができる。かくして、思想表現の自由の価値は、第一に、それが人間人格の尊厳とその発展のために不可欠であることに求められる。また、民主政治はいろいろの思想の共存の上に成り立つ。かくして、思想表現の自由の価値は、第二にそれが民主主義の基盤のために不可欠であることに求められる」


まず、人はものを考えこれを他に伝えることを本性とする。だから、人間存在の根源的要求としての表現についてその自由が尊重されねばならない。また、表現の自由は民主主義の政治過程に原理的に不可欠。だから、表現の自由が重要というのだ。


なるほど、もっともなことではある。しかし、このような古典的なそもそも論においてはメディア論への関心が語られない。人がその思想を表明するための具体的な表現手段は、けっして万人のものではない。この表現手段所有の偏在が、各人の表現の自由の現実化を妨げていることに目は向けられていない。


「集会、結社」はともかく、「言論、出版その他一切の表現の自由」における、新聞や出版あるいは放送を典型とする言論の自由の具体的な担い手はマスメディアである。企業であり法人なのだ。基本的人権の主体は本来国民個人であるはずだが、こと表現の自由に限っては、事実上国民は表現の受け手としての地位にとどめられている。実質においてメディアの自由の反射的利益としての「知る権利」を持つとされるにすぎない。国民個人の能動性は消え、受動的な地位にしかないことになる。


現実に、これまでの歴史において、表現の自由とは実質において「メディアの自由」でしかなかった。それは企業としての新聞社・雑誌社・出版社・放送局を主体とする表現の自由であって、主権者国民はその受け手の地位に留め置かれてきた。権力に対峙してのメディアの表現の自由も重要ではあるが、本来の表現の自由は国民個人のものであったはず。その個人には、せいぜいがメディアを選択する自由の保障がある程度。いや、NHKの受信にいたっては、受信料を支払ってさえも、政権御用のアベチャンネルを押しつけられるありさまではないか。


いま、その事情が変わりつつある。IT技術の革新により、ブログというツールの入手が万人に可能となって、ようやく主権者一人ひとりが、個人として実質的に表現の自由の主体となろうとしているのだ。憲法21条を真に個人の人権と構想することが可能となってきた。現に、私のブログの維持費用は、article9.jpというドメインの管理費にすべて含まれている。独立したブログ立ち上げや管理の経費は一切必要ない。まことに貧者の武器というにふさわしい。個人の手で毎日数千通のビラを作ることは困難だ。これを発送すること、街頭でビラ撒きすることなどは不可能というべきだろう。ブログだから意見を言える。多数の人に情報を伝えることが可能となる。ブログこそは、経済力のない国民に表現の自由の主体性を獲得せしめる貴重なツールである。ブログあればこそ、個人が大組織と対等の言論戦が可能となる。弱者の泣き寝入りを防止し、事実と倫理と論理における正当性に、適切な社会的評価を獲得せしめる。ブログ万歳である。


要するに、主権者の誰もが、不特定多数の他者に情報や思想を伝達する手段を獲得しつつあるのだ。これは、表現の自由が人格の自己実現に資するという観点からも、民主的政治過程に不可欠という観点からも、個人を表現の自由の主体とする画期的な様相の転換である。このことによって、人権も民主主義も、形式的なものから実質的なものへの進化の可能性を秘めている。この「個人が権利主体となった表現の自由」を、今はいかにも小さなものであるが、大切にしたい。ブロガーこそは、今や先進的な「言論の自由」の実質的担い手である。このツールに支えられた表現の自由を手放してはならない。


ところが、この貴重な芽を不愉快として、摘もうという不届きな輩がいる。経済的な強者が、自己への批判のブログに目を光らせて、批判のブロガーを狙って、高額損害賠償請求の濫訴を提起している現実がある。もちろん、被告以外の者においての萎縮効果が計算されている。


私は、一人のブロガーとして、その言論の自由を行使した。経済的強者を「利潤追求の手段として、カネで政治を壟断しようとした。しかも、『8億円の裏金』で」と批判したのだ。すると、被批判者から高額の損害賠償訴訟を提起された。典型的なスラップ訴訟である。かくして、はからずも、私はブロガーを代表する立ち場において、経済的強者と対峙している。これがDHC・吉田嘉明から私に対する「DHCスラップ訴訟」の骨格である。


私は、DHCスラップ訴訟被害の当事者として、全国のブロガーに呼び掛けたい。他人事と見過ごさないで、ブロガーの表現の自由を確立するために、あなたのブログでも、呼応して声を上げていただけないだろうか。「『DHCスラップ訴訟』は不当だ」「言論を萎縮させるスラップ訴訟は許さない」「ブロガーの権利侵害を許さない」と。あるいは、「カネの力で政治に介入しようとした経済的な強者は、当然に批判を甘受しなければならない」と。


さらに、全ての表現者に訴えたい。表現の自由の敵対者であるDHCと吉田嘉明に手痛い反撃が必要であることを。スラップ訴訟は、明日には、あなたの身にも起こりうるのだから。
(2015年12月27日)


 


 


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