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新生!毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

さようなら、赤星選手。うちの娘がファンでした。

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赤星憲広(あかほし・のりひろ) 1976年4月10日生まれ。1メートル70、66キロ。愛知・大府高から亜大、JR東日本を経て2001年、ドラフト4位で阪神入団。1年目に39盗塁をマークし、盗塁王と新人王に。05年まで5年連続盗塁王。ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞6度。

9月12日の横浜戦3回2死満塁、内川の右中間への打球に飛びついた赤星は負傷し退場。このプレーが引退の引き金になった.

写真は2000年の入団当時。一番右にいるのが赤星選手。野村監督時代である。


<一問一答> 読売新聞

来年もレギュラーの自信あった



 記者会見での赤星との一問一答は次の通り。

 ――なぜ引退を決意した

 日本全国、いろんな病院に行って、いろんな医師から話を聞いた。その中で、万が一だが、もう一度やったら命の危険があると言われた。危険なプレーをしなければ、そんなことは起きないという気持ちもあったが、100%力を出せないのなら、プロとして身を引くべきだと感じた。

 ――引退の決断までは

 この1か月は人生の中で一番苦しかった。ほんとに悩んだ。1か月間、ちゃんと眠れなかったので、今はゆっくり寝たい。けががなければ、来年もレギュラーでやる自信はあった。ほんとに引退の実感がわかないし、いつになったら実感がわくのかなと思う。

 ――思い出のプレーは

 いい思い出は、2003年のセ・リーグ優勝を決めた日のサヨナラヒット。悪い方は05年の日本シリーズで4連敗したこと。

 ――9月12日の試合で、引退につながることになったダイビングキャッチを試みた。今、どう考えるか

 後悔はしていない。野球人の本能としてやった。ダイブした後、両足がまったく動かなかった。グラウンドで死ねれば本望と言うが、それが本望とは思えない恐怖心があった。今でも夢にあのシーンが出てくる。

 ――今後は

 何も考えていない。将来、指導者に、という話があった時のためにも、体を少しでもいい状態にしないといけない。今は受けられる状態ではない。

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